値札というマジック さつまいも人参ゴロゴロ転がるそれは

だいぶ 寒くなってきた 
冷える という感覚を知った
寒い じゃなくて 冷える
初めての場所での冬越えとなる

日中はそれでも太陽が高いとき
窓辺ではポカポカ温かい
猫の気持ちがよーくわかる
この気持ちよさじゃ
猫じゃなくてもどの動物でも
ゴロンニャーになると思う

散歩をするとさつまいも畑がいっぱいある
人参畑もあっちこっちにたくさんある
収穫中や後や前の状態

それで不思議なのは収穫した後の畑に
ゴロゴロ転がっている、さつまいもや人参
置いてあるのじゃなくて、
いらない、って置いてある状態

そこで、その理由を考えてみると
きっと形が良くなかったんだろう
大きくなってなかったんだろう
出荷するのに適性じゃなかったんだろう


だけれども、「もったいない!」

と、心はそれを見て思う

どうして 「もったいない!」って思うんだろう?
ちゃんと食べられそうなのが捨ててあるから
そう! 食べられるから、「もったいない!」

食べられる野菜が 置きっぱなしで肥料になるんだろう

でも、それが「もったいない!」と思える

「もったいない!」どこから来るんだろう?

・・・・・・値段だ!

いくらいくらで売っている物だと
さつまいもを見ている
畑でゴロゴロしているさつまいもはいくらか?
畑でゴロゴロしている人参はいくらか?

そう、さつまいもや人参を見て
おいしそう、と いくらなのか、
と思うことが習慣になっている

だから、もったいない! がでてくる

いいじゃないか、あれは肥料になるんだ
そういう変化をしないといけない
値段というマジックに犯されている
何でも値札がついているという
錯覚にはまっている自分に気がついた

何でもお金に換算するような意識構造
悲しい (T - T) 
野菜は畑でなるもので、
スーパーで売っている物じゃない

自然、人、動物、もの 本当は
お金になど換算できるはずもない
そう思うんだ わたしは。

応援♪ポチッ★うれしい^^
banner_02.gif
Google
posted by もも at 16:45 | Comment(2) | TrackBack(0) | ステキどろんこ風景

あなたはどのタイプ?未来・今・過去

物語「モモ」では 時を表現する単語が登場する
未来 今 過去 明日の国 きょうの国 

時間というテーマは奥が深い

人生は時間そのものであるとも思うし
どう過ごすかが大切であるような気もする

それに同じ時間を過ごしているとしても、
どういう思いを抱いているかが大切なような気もする

未来のことを 見つめて過ごしている
今 のことを 見つめて過ごしている
過去のことを 見つめて過ごしている

それぞれ人によって 違っているかな・・・

どの時に多くの思いをよせているのか?


あなたは どのタイプ?

未来のことを 見つめて過ごしているタイプ?
今 のことを 見つめて過ごしているタイプ?
過去のことを 見つめて過ごしているタイプ?

未来の事 へ 向かっている?

今に向き合っている?

それとも 過去にばかり向き合ってる?


どこに向き合っているのがしあわせ?


どこを向いているのが 心が楽しんでる?
未来? 今? 過去?

どこに向かっていても 良いんだけど
せっかくだから 心が楽しんでいるのが気持良いね

あなたはどう? 

ちょっと聞いてみたくなったのだけど・・・。


応援♪お願いします★順位下落(T_T)
banner_02.gif
Google
posted by もも at 22:36 | Comment(4) | TrackBack(0) | エンデ「モモ」物語

人生ってもしかすると観光かしら? 

「モモ」には とっても仲良しの大人
観光案内ガイドのジジという友達がいる

ジジはちゃんと決まった職業についているわけじゃないけど、
「モモ」の住む遺跡広場に集まる観光客相手に観光ガイドを
勝手に引き受けては歴史というより作り話を聞かせています。
ジジはそうして相手を楽しませるのが好きなタイプです。

このジジは 灰色の男たちと縁がないときは、
のびのびと 勝手気ままに 観光案内ガイドをしたり
気が向けば違う仕事をしたり、自由に暮らしていました。

ところが、どんどん「モモ」の住む町にも
灰色の男たちが 勢力を拡げいくと
とうとう ジジも取り込まれてしまいます。
すると ジジはあっという間に人気者になり
ラジオやテレビで作り話を披露して
聞く人々を魅了していきます。

忙しくなってお金持ちになって
時間がなくなって、次から次へと忙しい移動の日々。

以前のように勝手気ままに作り話を聞かせるのではなく,
スケジュールが決められ、締め切りに追われる毎日
最初は楽しくやっていたが、それがいつしか苦痛に・・・


観光案内ガイドのジジ って私たちの人生を
暗示しているような気がする

人生って もしかすると 観光 かしら?

私っていう おおもとの 魂が
何十年という月日 この地球を旅してる

子供の目を通した景色 思春期の目から見た景色 
恋人達の目から見た景色 社会人の目から見た景色 
母親として見た景色 etc.....

そう思えてきません?

人生の出来事を 景色として捉えたとき
人生を観光しているような気がする・・・

人生の観光案内ガイドは自分自身でするべきで、
灰色の男たちにガイド役をさせてはいけない!

ミヒャエル・エンデ は もしかして
それを伝えたかった?!

人生とは 観光そのもの
私が 行きたい場所へ 行くだけ
見たいところへ 行くだけ
楽しみたいところへ 向かうだけ
自由に 気ままに 誰に言われることなく・・・

応援クリック♪ありがとう〜(-^〇^-)/
banner_02.gif
Google
posted by もも at 22:02 | Comment(2) | TrackBack(0) | エンデ「モモ」物語